甲子園には魔物が棲んでいると、よく言われます。
幾度となく甲子園に足を運んだことのある私は女神だと信じていますが…。
今夏、その女神が最後に微笑んだのは、留学生も特待生もいない、無名の県立高校でした。
開幕戦から決勝戦まで、史上最多の73イニングを闘いぬいて栄冠を手にした佐賀北高校の
球児たちに、心からの拍手を贈りたいと思います。
この優勝には、非常に大きな意味があると思います。
特に、未だ高野連が解決策を見い出せないでいる特待生問題に、大きな一石を投じました。
高野連や関係機関は、特待生制度を来年からきっぱりと廃止するべきです。
今回の結果を教訓に、もういい加減に目を覚まさなければ、子ども達にも笑われるでしょう。
野球だけ特待生制度が許されないというのはおかしいという人もたくさんいますが、それは
この制度の悪影響をまったく理解していない人の言い分です。
日本の場合、野球は他のスポーツと違い、市場が大きいだけに常にマネーゲームのターゲッ
トにされ、それ故に何の罪もない子ども達が巻き込まれてきたというのが現状です。
スポーツを十把一絡げに論ずるのではなく、それぞれの現状に則した真摯な議論を徹底的
にすべき時です。
そのマネーゲームの最大の要因が特待生制度です。
家庭の経済的事情云々という人もいますが、行きたい学校に行けるための奨学金制度を
充実させることが大切なのであり、学校や指導者まかせの現在の特待生制度では、本当の
意味で子ども達は救われません。
なぜなら、特待生以外は人間扱いされない、子ども同士の中に差別意識や敗北感・挫折感
を植えつける、ケガをした特待生は学校も辞めなければならない、特待生を選んで入学させ
た指導者は自分の面子やクビにならないために特待生を優先的に使わざるを得ない…など
の弊害が長年にわたって無数に生じており、子ども達はそれを肌で実感しているからです。
汚い金が絡んでいることも周知の事実です。
この悪影響は計り知れません。
これを機会に、特待生を抱える野球指導者や関係者は自らの未熟さを謙虚に反省し、集め
る野球から育てる野球に改め、練習方法や子ども達との接し方なども大いに勉強していく
べきでしょう。
1日3時間しか練習できなかった無欲の普通の高校生が、優勝旗と優勝メダルを掲げ、「〜潔
し 微笑む希望〜」の大合唱が流れる中を行進していきました。
感動を与えてくれたその子らに感謝しつつ中継を観ていたら、甲子園上空の夏雲のように、
私自身にもまた、新たな創作意欲が湧き上がってきました。
あらためてお礼を言わせてもらいます。
ありがとう!
幾度となく甲子園に足を運んだことのある私は女神だと信じていますが…。
今夏、その女神が最後に微笑んだのは、留学生も特待生もいない、無名の県立高校でした。
開幕戦から決勝戦まで、史上最多の73イニングを闘いぬいて栄冠を手にした佐賀北高校の
球児たちに、心からの拍手を贈りたいと思います。
この優勝には、非常に大きな意味があると思います。
特に、未だ高野連が解決策を見い出せないでいる特待生問題に、大きな一石を投じました。
高野連や関係機関は、特待生制度を来年からきっぱりと廃止するべきです。
今回の結果を教訓に、もういい加減に目を覚まさなければ、子ども達にも笑われるでしょう。
野球だけ特待生制度が許されないというのはおかしいという人もたくさんいますが、それは
この制度の悪影響をまったく理解していない人の言い分です。
日本の場合、野球は他のスポーツと違い、市場が大きいだけに常にマネーゲームのターゲッ
トにされ、それ故に何の罪もない子ども達が巻き込まれてきたというのが現状です。
スポーツを十把一絡げに論ずるのではなく、それぞれの現状に則した真摯な議論を徹底的
にすべき時です。
そのマネーゲームの最大の要因が特待生制度です。
家庭の経済的事情云々という人もいますが、行きたい学校に行けるための奨学金制度を
充実させることが大切なのであり、学校や指導者まかせの現在の特待生制度では、本当の
意味で子ども達は救われません。
なぜなら、特待生以外は人間扱いされない、子ども同士の中に差別意識や敗北感・挫折感
を植えつける、ケガをした特待生は学校も辞めなければならない、特待生を選んで入学させ
た指導者は自分の面子やクビにならないために特待生を優先的に使わざるを得ない…など
の弊害が長年にわたって無数に生じており、子ども達はそれを肌で実感しているからです。
汚い金が絡んでいることも周知の事実です。
この悪影響は計り知れません。
これを機会に、特待生を抱える野球指導者や関係者は自らの未熟さを謙虚に反省し、集め
る野球から育てる野球に改め、練習方法や子ども達との接し方なども大いに勉強していく
べきでしょう。
1日3時間しか練習できなかった無欲の普通の高校生が、優勝旗と優勝メダルを掲げ、「〜潔
し 微笑む希望〜」の大合唱が流れる中を行進していきました。
感動を与えてくれたその子らに感謝しつつ中継を観ていたら、甲子園上空の夏雲のように、
私自身にもまた、新たな創作意欲が湧き上がってきました。
あらためてお礼を言わせてもらいます。
ありがとう!

